LIC STORY
2017年11月19日

“患者さんが楽しく、生きがいを持てるリハビリを”寄本先生・有明先生

(左:有明陽佑先生 右:寄本恵輔先生)

「つらい環境にあっても、“人生って楽しい”と思ってもらえるリハビリを考えるのが、僕らの務め」

LICトレーナーの開発にあたられた寄本恵輔先生と有明陽佑先生は、神経難病の分野で患者さんの呼吸リハビリに携わっておられます。寄本先生は急性期の呼吸ケアを得意とし、理学療法士の仕事をはじめた2000年以来、神経難病の患者さんを中心に呼吸ケアに取り組んでこられました。有明先生はそんな寄本先生と5年ほど前に知り合い、共に呼吸リハビリの仕事に励みつつ、執筆なども精力的にこなされています。今回はそんなおふたりに、神経難病の分野における呼吸リハビリのあり方や、LICトレーナーの開発に至った経緯、具体的な開発エピソード、そしてこれからの取り組みと抱負について、幅広く語っていただきました。

神経難病におけるリハビリのあり方とは?

――呼吸リハビリにおける理学療法士の役割をお聞かせください。

寄本:ALSをはじめとする神経難病の呼吸障害は、症状の進行とともに呼吸の力がどんどん落ちていくというもの。通常リハビリというと、失われた機能に対して段階を踏みながら症状を改善させるための取り組みを行っていく中で、少しずつよくするというのが一般的な考え方です。神経難病の患者さんの中には、つらい気持ちを抱えたり、強い無気力感に襲われたりする人もいます。一生懸命頑張っても良くならない……。そういう中で自分たちはどうやって支援していくかを考えながら、患者さんたちと接しています。

単に機能をよくするだけでなく、つらい環境にある中でもどうすれば患者さんが楽しくリハビリをできるか、なるべく肯定的に捉え、人生って楽しいんだなって思ってもらえるように支援するのが自分たちの仕事だと思っています。

――ALSの患者さんに対しては、一般的な呼吸リハビリとは異なるアプローチが必要なわけですね。

寄本:肺の内側、つまり肺実質に問題のない神経難病の患者さんたちに対し、COPD(慢性閉塞性肺疾患)で実施するのと同じ呼吸リハビリをやっても良くなりません。例えば肺活量は、病気の進行とともに右肩下がりに落ちていきますが、肺の容量を維持しておくことは可能です。肺に入る容量だけは一定にする方法が分かってきたので、病気は進行するけど、胸郭の柔らかさは保てるわけです。

いろんなものが右肩下がりになるけど、リハビリのやり方次第ではひとつでもいいデータが残せることも分かってきましたし、そうなると患者さんのやる気も上向き、僕らのモチベーションも上がっていきます。筋ジストロフィーも30年前は20歳でなくなると思われていましたが、今では40歳過ぎても精力的に活動している人が増えてきた。これは人工呼吸器を含めた呼吸ケアによるものですが、例えばロボットを使ったり、いい乗り物を使ったり、いろんなものを使えば、その人の生活が便利になるし、豊かにもなります。病気が進行していく中でも、そこにうまくアダプテーション(適合)するやり方を見つければ、いい方向に進んでいく。それをリードしていくことも、僕ら理学療法士の役割です。

―――直接リハビリに携わる理学療法士だからこそ、できる取り組みがあるわけですね。

寄本:もちろん、こういう難しい病気を僕らだけでよくしようとは思ってません。医師や看護師、地域医療に携わる方たちと協力してみんなでどうやったらこの患者さんが楽しくリハビリできるのか、そこを共有しながら進めていくのが一番理想的なやり方だと思います。できれば、患者さんの一番近くに寄り添って、患者さんのことを誰よりも分かってあげたいと思うけど、それだけでは足りない。いろんな人を巻き込み、協力し合う中で、患者さんのためにうまくマネージメントすることも僕らの仕事なんじゃないかと思います。

何度も改良を重ねたLICトレーナー

―――神経難病の患者さんにとってどんなリハビリが理想か、模索する中でLICトレーナーの開発に行き着いたのでしょうか?

寄本:最初は、LIC(一方向弁)というより、「息だめ」という観点から考えていました。肺を膨らませる方法にMICという呼吸ケアがありますが、これは吸い込んだ空気をのどのところでためる「息だめ」ができない問題点を抱えます。気管切開した患者さんも、この方法は使えません。神経難病の患者さんにとっての有効なリハビリ方法については、前からいろいろ考えていて、こうすればうまくいくだろうというアイディアも持っていました。ある日、それを有明さんに相談したところ、「すでに論文で書かれていますよ」といわれて。

有明:アメリカのBach教授という、呼吸リハビリの分野ではトップランナーが2008年くらいにすでに『一方向弁を利用した最大強制吸気量』という論文を発表されていたんです。ただ、そんな有効な機能を持ったリハビリ機器も、アメリカにあっては簡単に入手できません。患者さんにとってもすぐ手に入るものでないと意味がないので、自分たちで息だめできない患者さんでも使えるものを、まずは試作品というかたちで作ってみました。

寄本:一方向弁の付いたものと、肺が破れないよう息を吐き出せるリリーフ弁の付いた1号品は完成できたものの、まだこの段階では汎用性や使いやすさの部分で問題があり、他の病院に広がるまではいきません。そこで有明さんと話し合う中で、ここは医療機器を受託生産してくれる会社に任せようということでTMCの中にあるBD室に相談し、反応も良かったカーターテクノロジーズさんにお願いすることになったんです。

最初にでき上がった1号機は圧を加えると漏れる、2号機は強い圧力をかけないと入っていかない。3号機は押すたびにブーブー音がなる……。そんな感じでいろんなトラブルがあり、何度も改良を積み重ねました。こちらが無理な注文を投げる中でもカーターさんからのレスポンスは良く、より改良されたものに仕上がっていきました。そのような試行錯誤もあり、原型から今のかたちになるまで2年くらいかかりましたね。

有明:アイディア出しというか、こうしたらどうですか、とか思いついたことを会議の場で述べるようにして、ブラッシュアップを図りました。次の会議の日はその意見を反映したものが返ってきて、いいですね、そしたらここをこうしたらどうでしょう、という具合に進んだので、どんどん製品が良くなっていく実感が持てましたね。

―――開発にあたり、おふたりの役割分担はあったのでしょうか?

有明:LICトレーナーを安心して使ってもらうためには、安全性や信頼性をきちんと調べる必要があり、その部分はお互い担当を持って取り組みました。寄本さんが安全性、僕が信頼性を担当するという具合に。そのようにして得た結果を学会で発表もしましたね。臨床に落とし込むにあたってさまざまなデータを集め、機器の性能を調べることも大切な役割のひとつで、開発にとっても重要な作業でした。

寄本:僕らは目標が決まっていて、「こういうふうになりませんか?」と注文し、返ってきたものに対して課題や改善箇所を見つけるという具合で進めていきました。また、新しい医療機器を開発して病院の中で使う場合、まずは許可を得るなど、いろいろなコンセンサスを図る必要があるわけですが、病院サイドに応援してくれる心強い理解者がいたおかげで、面倒なところも突破できたのはとても大きかったと思います。

―――まさに、周りを巻き込みながら、物事をうまく進めることができた、と。

寄本:僕らは臨床で患者さんを見る立場なので、特許のことや知的財産のことなどは、弁理士さんにお任せするしかありません。そういう人たちの協力もあったからこの開発を進めることができました。あとは広報の方。ちゃんと病院側の責任としてLICトレーナーをプレスリリースすることを約束してくれて、とても助かりました。

患者さんが自主参加できるリハビリ機器

―――理学療法士から見て、LICトレーナーはどんなところがもっともすぐれているのでしょうか?

有明:まず、理学療法士の判断ではなくて患者さん自身が呼気したいときに呼気できるリリーフ弁がLICトレーナーには付いています。そもそもリハビリテーションをするうえで、理学療法士の押しつけではなく、“患者さんに参加してもらう”という姿勢は非常に重要です。どうしても治療やリハビリというのは、やってもらうものと思いがちですが、LICトレーナーを使った呼吸理学療法の場合はこのリリーフ弁があるおかげで、患者さんは深呼吸しても、肺に取り入れた空気を自分の吐きたいタイミングで吐き出せるようになった点は大きいです。患者さんの能動的なな参加を可能とする画期的な機能は、最初の段階でぜひ取り付けたいと思いましたね。

もうひとつは、肺に空気をたくさん入り込ませる、その精度がすごく高いなと。開発の経緯で、最初に部品を組み合わせ、試作品を作ってみるものの、どうしても空気が漏れる、または高い圧がかかったときに部品が取れたりなどの壁や難題にぶつかってしまう。それが医療機器のメーカーに作ってもらったことで、非常に気密性が高く、圧力をかけてもどこかから漏れることのない、質の高い製品に仕上がったのは良いことでした。

―――患者さんが安心して使える機能がそろっているわけですね?

有明:安心といえば、安全弁の存在も大きいです。肺が広がり、高い圧がかけられるのはいいことですが、意思疎通が取れない患者さんもいます。途中で咳をしたくなったりとか、いきんだりすることもあり、そのサインを見逃して圧を加え続ければ、大きなリスクを伴います。その危険性を排除するために、LICトレーナーに安全弁を付けてもらい、高い圧をかけると抜けるような構造に仕上げました。安全性と機能性を同時に追求したことで、リハビリの道具としては大変質の高い製品ができ上がったと思います。

より多くの患者さんの手に届けるために

―――「1日これくらい使えば良い」という目安はありますか?

寄本:少なくとも1日1回は使ってほしいですね。ALSは呼吸する力が弱くなり、肺を動かさなくなることから、胸郭が硬くなりやすい特徴を抱えます。それを防ぐためには最大胸郭を広げて縮めるための呼吸運動が不可欠です。一応マニュアルでは1日3~4回が適切と書いていますが、胸はいろんな関節の集合体なので、胸郭が広がる最大はその人によって異なり、個別に見ていく必要があります。感覚的ですが、毎日使っている人はあきらかに肺が柔らかくなる傾向が見られます。

―――効果が期待できるLICトレーナーですが、今後利用率を高めていく中で抱える課題は何でしょう?

寄本:まだ頻度について確かなデータが出せていないというのが現状の課題です。今のところ使い方のアドバイスまではできるけど、そこで立ち止まるわけにはいきません。このLICトレーナーを使えば、肺炎などをどれくらいのレベルで回避できるか、エビデンスレベルに落とし込む作業が必要です。

有明:これはLICトレーナーというより、医療側が抱える課題ですが、神経難病を扱う専門的な病院と違い、いろいろな病気を扱う総合病院では、バッグバルブマスクを使って自分で吸えるよりもたくさんの空気を押し込んで肺を膨らませる、というケアはなかなか難しいのが現状だと思います。しかしALS患者さんにとって呼吸は、人生と命に関わる問題でもありますので、病院側の事情を抜きにして、そういう人たちにもリハビリをしてもらうためにはどうすれば良いか、考えなければなりません。

―――多くの神経難病患者さんにLICトレーナーを使ってもらうために、行っている取り組みは?

寄本:PR用のDVDも製作していますし、本邦における理学療法士協会ガイドラインのALSの呼吸理学療法の中でLICを検討しています。またLICトレーナーを使いたいけどどうすればいい、という声も毎日のように頂きます。そのように患者さんから届く意見や疑問には丁寧に答えるようにして、ひとりでも多くの患者さんに広めているところです。

有明:利用できるツールはできる限り利用して、積極的に広報していきたいですね。例えば、LICトレーナーに安全弁が付いているという情報を知るだけでも、興味を持つ患者さんは増えると思うんです。空気がちゃんと抜けることで安心して使えますし。電気も使わず、軽くて小さい、自宅でのケアも可能と知れば、使ってみようかなと思ってくれるかもしれない。そんな有益な情報を、ホームページなどを使って発信していけたらと思います。

“多くの患者さんを助けたい”という原点を忘れずに

―――開発したLICトレーナーが実際に患者さんの手に届いて、さまざまな反応もあると思いますが、その中でもどんな声が一番うれしかったですか?

寄本:いろいろありますが、深呼吸が気持ちいい、あとは患者さんにとっては肺活量が改善してやりがいを持ってできる、などの声を頂きました。「一日中人工呼吸器を付けていなければならなかったけど、日中は取り外せるようになった」などの声が届けば、僕らのモチベーションも上がりますね。

気管切開をした高野さん(※LICトレーナーのユーザー患者さん)は、LICトレーナーを用いた深吸気量は3,600mLという量でした。普通、人工呼吸器を付けると、1回の吸気量はペットボトル1本500mLくらいが限度なんです。それがLICトレーナーを使えば気管切開していても最大吸気量を獲得できる。これはひとつの科学的な検証になるので、こうした声を集めて効果を分かりやすく可視化できればいい。もちろん、ネガティブな声も含めることが大事。いろんなレスポンスを集めて、質の高い検証ができればと思います。

ネットの書き込みとか、第三者の意見も取り入れて総合的に分析すればマーケティングにもなるんじゃないかと。そうやって広げていって、結果的に「患者さんが使って良かった」と思えるようにしたいですね。

―――多くの「効果があった」という声が集まれば、それを聞いた患者さんは勇気をもらえますよね。

寄本:効果が見込めれば、使ってみようという気持ちも起こりやすくなると思うんです。さっき病棟で呼吸ケアを頼まれた重度心身障害児を持つお子さんの話ですが、その子はほとんど意思疎通が取れず、1回の換気量も50mLくらいのでした。永久気管孔と言って喉に穴が空いて、いわゆる気管切開している状態です。肺が膨らまず痰が多く排痰ケアに難渋していたそうです。カフアシストは人工呼吸器を使っていなかったので保険適応がないので使えない状態でした。それが、LICトレーナーを使ってみると一気に800 mLになった。それを見てお母さんが買うことを即決してくれました。この事例もどこかに報告したいと思います。

―――LICトレーナーの良さを気付いてもらうために、できそうなことはまだまだありそうですね。

有明:実際に使ってくれた患者さんの口コミが広がれば、判断材料も増えて選択肢も広がります。普及率を高めるために僕らとしてできることは、論文を書いたり、講演のために飛び回ったり、ALS患者さんに接している医療者向けの教科書を書いたりすること。まだまだできることはたくさんあるので、これからも地道に取り組んでいきたいですね。

寄本:今のLICトレーナーに決して満足しているわけではありません。現機能をよくするにはどうすれば良いか?この機能を追加すればもっと良くなるのではないか、あるいはもっと小さくすれば使いやすくなるとか。安全性や使いやすさをもっと追求してさらにレベルアップを図っていきたい。10年後には全く違うものになっているかもしれないし、そこを目指したいです。例えば、健康な人でも気軽に使えるヘルスケアのアイテムであれば、この機器で救われる人も増えるんじゃないかと。そのように進化を遂げることも、患者さんのためになると思います。

僕らは、もっとたくさんの人、たくさんの困った人を助けたいという思いでLICトレーナーの開発をはじめました。その原点だけはぶれないようにしたい。治るのが難しくても、患者さんが前向きにリハビリをやっていけるようサポートするのが僕らの役割。今後もその思いで続けていきたいですね。

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寄本先生の「もっとたくさんの困った人を助けたい」という言葉に込められた思いは、LICトレーナーの普及を目指して全国を飛び回るその精力的な活動にも表れています。エンジンとなるのは、「LICトレーナーを使いたい」という患者さんの存在。神経難病のリハビリや医療現場が抱える課題はまだ多いものの、そこに携わるひとり一人が使命や役割を自覚して行動することで、改善へ向けた動きも高まります。これからも、熱意を持って患者さんと向き合うおふたりの活動に期待したいです。