今回は、千葉県市川市にある難病患者向け住宅『つばさハウス弐番館』にお邪魔し、理学療法士の浅川孝司先生と、ALS患者さんの鈴木明美にインタビューさせていただきました。
LICトレーナーに関する所感や今行っているリハビリなど、さまざまな話題についてお話をうかがっています。最後に、LICトレーナーを使ったリハビリの様子も間近で見させてもらいました。
肺に直接空気を送れる、今までにないリハビリ機器(浅川先生)
――最初に、LICトレーナー導入のきっかけを教えてください。
浅川:LICトレーナーの製作に携わった寄本先生(※寄本恵輔先生。LICトレーナー開発者)は以前当院に勤めていたこともあり、こうした機器があることは知っていましたので、去年(2017年)の8月くらいに入手しました。
ALS患者さんや筋ジストロフィー症の方など、神経難病患者さんのリハビリ道具として使っています。当院は神経・筋疾患の方が多いので、導入したからと言ってADL面で何か大きく改善するというのは難しいのですが、患者さんの胸に空気を入れて陽圧をかけ、胸を広げられるというような、しっかり息ができる道具はなかったので、助かっていますね。
――浅川先生から見て、LICトレーナーのもっともすぐれたところは何でしょう?
浅川:ひとつは、人工呼吸器を付けた方でもしっかり空気を送られるという道具じゃないか、と認識しています。あと、アンビューバックでシュシュとやるのではなく、一方向便が付いているので、空気が逃げないように押し込めることができる、つまり息止めができます。これはわれわれPT(理学療法士)からすればありがたく、他のリハビリ機器にはない機能です。
あと、手元で圧力をかけられること、勢いよく入れるのか、じわっとゆっくり入れるのか。これができるかできないかはとても大きい。これらを手元で微調整できるところはありがたいですね。
――LICトレーナーを扱う他のPTさんの反応はどうでしょう?
浅川:PTからも、「今日はこれだけ空気を送ってみた」「圧を加えてみたけど大丈夫だった」という話を聞く機会がありますね。お互い情報交換しながらやっています。
また、これは当院スタッフが去年、難病ネットワーク学会で報告した内容ですが、吸気圧が上がり上限アラームが急に鳴りやまなくなった患者さんに対し、カフアシストで処置を試みたものの、吸気圧は下がらなかった。そこでアンビューとLICトレーナーでゆっくり加圧して、肺を膨らませたうえで吐かせることを繰り返した結果、気道内圧が下がった経験をしました。設定された陽圧・陰圧の負荷をかけることも重要ですが、空気を入れる流速、圧力、流量を手元で調整できるから、良い結果になったと思います。機械では処理できない部分を、補える良さがありますね。
――いざというとき柔軟に対応できる点は、使う側としても、空気を送られる患者さん側から見ても、安心ですよね。
浅川:確かに機械などでは、ある一定のリズムで、ある一定の空気量しか入らないので、それ以上でもそれ以下でもないと言えます。空気を送る以上は、爽快感やすっきり感も欲しいところです。
あと、私たちがいくら胸郭の外側からアプローチしても、患者さんの肺は広がりません。中からしっかり胸郭を広げられるという意味でも、これまでなかったリハビリ機器ですね。
肺が膨らんで、いい感じ(鈴木さん)
リハビリ中だった鈴木さんにもいくつか質問をさせていただきました。浅川先生に解説してもらいながら、初めて使ったときの感想や使ってみて良かったところなどを聞いています。
(※鈴木さんは気管切開手術を受けておられるため、浅川先生との文字盤コミュニケーションを通してインタビューしています)
――鈴木さんがLICトレーナーを使うようになったきっかけは?
鈴木:浅川先生から教えてもらいました。
――LICトレーナーを最初に使って息をしたとき、どんな感想でしたか?
鈴木:肺が膨らみ、いい感じでした。
――鈴木さんは、どれくらいの期間LICトレーナーを使用されているのでしょうか?
浅川:前からアンビューで加圧していくことは行っていましたが、道具がすべてそろったのが2017年の8月くらいなので、もう8カ月近く、鈴木さんはLICトレーナーを使ってケアしています。
――現在のLICトレーナーの使用頻度は?
浅川:今のところ週に1回、多くても週に2回といったところです。在宅なので、病院と違い、毎日リハビリをやるわけではないためです。どうしても、介入頻度はそれくらいになってしまいます。実際にナースがアンビューを使う場合は、緊急時対応、例えば呼吸器の故障などに限られてくるので、この機器を毎日多職種で利用することは現時点で難しいですね。
ナースはナースで、排痰機器を使ってクリアランスをよくしてくれています。それとプラスαで、リハ職がLICトレーナーを使用し胸郭の柔軟性を維持する機械と位置付けています。
――使う前と使ったあとで、何か変化はありましたか?
鈴木:痰がよく出て、すっきりするようになりました。
浅川:鈴木さんの場合、LICトレーナーを使って思いっきり吸ったあとの吐くタイミングで、ゴロゴロと痰が出てくることはよくありますね。
――もちろん、リハビリ機器はLICトレーナーだけでは足りないわけですが、鈴木さんは他にどんなリハビリ機器を使われているのでしょうか?
浅川:痰を出すための道具としてカフアシストを使っています。リハビリメニューとしてはカフアシストやLICトレーナー、あとは車いすに乗って体を動かす、などがあります。LICトレーナーが加わったことで、リハビリ道具として使いやすいものが増えたという感じです。
――LICトレーナーを使って、目に見える効果などがありましたら教えてください。
浅川:鈴木さんの場合、LICトレーナーを使った肺活量は、2,400mlくらいあります。今はこうして呼吸器を外している状態ですけど、自発呼吸では肺活量は1,000mlもなかったくらいでした。
――肺活量が2倍!それはスゴいですね。
浅川:肺活量が増えたということは、柔らかい肺や胸郭を維持できている状態ですね。呼吸器を装着したALS患者さんに対しては心不全のリスクを回避しなければなりません。胸郭が硬いとそのリスクは高くなります。肺活量が維持、改善できるこの変化は、さまざまな合併症を予防していくうえで重要な情報になります。
――LICトレーナーを使う際は、患者さんの肺の状態を見ながら設定などを考えることも大切ですね。
浅川:もちろん、圧がかかるものなので、圧損傷のリスクも考えて行わなければいけません。どういう方法で、どんな圧を加えれば良いか、まずPTのほうで考える必要があります。鈴木さんの場合は、カフアシストで40㎝圧かけているから、LICトレーナーもそれに合わせて40cmH2Oは可能でした。今はマノメーターで50㎝H2Oかけて行っています。
一応、院内では圧とボリュームをグラフ化して、しっかり検証しながら進めています。これまで事故の例はありませんが、いい状態を継続するためにも、検証やデータ集めも含めきちんとやっていこうと思います。
――LICトレーナーを使うと、深呼吸をできるような感覚という言葉を聞きます。患者さんとしてはそれが気持ちよいのでしょうか?
浅川先生:(鈴木さんに向かって)気持ちいい?
鈴木さん:(うなずく)
浅川先生:(笑って)気持ちいいそうです。
ユーザーである鈴木さんから、うれしい感想をいただきました。最後に、鈴木さんに対して、「何か望むことはありますか?」と尋ねてみました。少し考えてもらって、次のような答えをいただきました。
鈴木さん:(LICトレーナーが)ひとつ欲しい。
現在、在宅介護サービスを提供する『つばさハウス』のリハビリ現場では、LICトレーナー1台を共有して使われているそうです。ご家族や患者さんの手にもLICトレーナーが届きやすくなるように、カーターテクノロジーズとしては、ユーザー患者さんやご家族、医療現場の方々からさまざまなお声をいただきながら、開発者の寄本先生とともに今後の改善・改良に生かす取り組みを続けています。
神経難病患者向け高齢者住宅『つばさハウス』
――ここの『つばさハウス』に入居されている患者さんは、在宅介護という名目でリハビリ介護を受けられているのですね?
浅川:ここはもともと、吉野院長(吉野内科・神経内科医院)が、主に神経難病患者さんが呼吸器を装着しても生きることができる場所として作った高齢者専用賃貸住宅です。
昔は神経難病を患われて在宅介護をはじめても、ドロップアップする方が多かったと聞いています。やはり法整備などが進んでないと、家族の負担がどうしても大きくなってしまう。そんな患者さんたちの受け皿となるためにできたのが『つばさハウス』で、一号館ができたのが2010年で、その2年後には二号館30床が完成しました。みなさん住民票を移して市川市民となり、市川市の財政でケアマネや訪問入浴など市のサービスを利用して生活されています。形式としてはアパート・マンションと一緒なので、アマゾンとかで注文した商品もちゃんと送られてきますよ。
――それは便利ですね。患者さんが住まわれる賃貸住宅に、ヘルパーさんやPTさんが常駐する、新しいスタイルの在宅介護という感じがします。
浅川:いわゆる高齢者向けのシニアレジデンスハウスみないたものはあると思いますけど、病院のバックアップで難病の方をケアする場所は珍しいかもしれませんね。こちらの二号館には24時間ヘルパーが常駐して、一号館にはナースが常駐しています。家族はいつ来てもいいですし、面会時間などの細かい規則もありません。
鈴木さんの娘さんもよくいらして、一緒に外に出たりしてくれます。おうちなので、インターネットもあるし、緊急時にはナースコールがきちんと稼動するシステムです。鈴木さんも、自分の部屋をちゃんと持って、リハビリの時間以外は好きなことをして楽しんでいます。在宅というスタイルですので、基本は誰も介入しない、プライベートの時間も存在します。
――みなさん車いすに乗って、外の公園まで出かけていかれる方が多いようですね。
浅川:当院リハ科は、可能な限り離床していこうというスタンスでリハビリを行っています。車いすに乗ってしまえば、活動範囲は広がりますし、ベッドで寝たまま部屋にこもるよりは、QOLを考えるうえで望ましい。鈴木さんは、1カ月もしくは2カ月に1回、友達と買い物に出かける習慣があります。鈴木さんのリハビリ生活にとっても、それは大きなプラスになると考えています。
LICトレーナーを使ってリハビリをしてもらいました
インタビューの最後に、実際にLICトレーナーを使ってリハビリをやってもらいました。鈴木さんは浅川先生との週1回のリハビリのうち、最後にLICトレーナーを使ったリハビリをして終わるのだそうです。
「はい、あと3回行きますよー」「次、大きく2回行きます」「次3回行きます」と、やさしく声をかけながら、呼吸を促していきます。
最初に空気をたくさん送り込むことで、肺を膨らませ、柔らかくする状態を目指します。
「アンビューバックを押すのは握力がいるから大変」と言いながらも、とてもスムーズに扱う浅川先生。
「ここまで膨らませることができるのはなかなかないんじゃないですかね」(浅川先生)
――入ってきた空気を吐くときはどんな感じなんでしょうか?
浅川:息を吐くときは、肺が戻る力を利用して、バーっと吐く。鈴木さんの肺は、LICトレーナーで空気を送り、胸がパンパンに膨らんでいます。
柔らかい肺を維持できれば、人工呼吸器からの吸気圧は低い状態を保てます。胸郭が硬く高い吸気圧だと、心不全を起こしやすくなる点に注意しなくちゃいけない。そこを長期的に見て、未然に防げるリハビリ効果があれば理想的ですね。
――まさしく、肺を柔らかくするためのリハビリですね。
浅川:胸が硬くなるとどうしても心臓への負担が大きくなってしまいます。硬い胸郭では人工呼吸器は、高圧で空気を送らなければならなく、心臓に負担がかかってしまうんです。そうなると胸を柔らかくするのは非常に難しくなります。病初期の段階で胸郭を膨らませて柔らかくするのが大切です。
これまで気管切開された方は、それが難しかったけど、LICトレーナーでそこにもアプローチできるのは大きいですね。
鈴木さんは、自分で呼吸もできるし、導入もしやすい。あと、コミュニケーションもしっかりできるところも大きい。痛いとか熱いとか、気持ちよくないなど、リアクションを返してくれるので、こちらとしても対応が取りやすくなります。今後も、少しでも良い状態をキープしていけるように続けていきたいですね。
――方的にやるのではなく、患者さんの様子を見ながら一緒に調整していくことが大事なわけですね。今日はどうもありがとうございました。
浅川先生が執筆参加した神経難病リハビリの教科書『神経難病リハビリテーション100の叡智』(編・著 寄本恵輔 著者 浅川孝司他)が4月25日に出版されました。
http://www.gene-books.jp/SHOP/M-0011-SR.html
浅川先生と鈴木さんは、リハビリ中の時間を割いてインタビューに応じてくださいました。鈴木さんは今のリハビリに関して特に注文することはないそうで、時折笑顔を見せて浅川先生の問いかけに応じられるなど、おふたりの間には確かな信頼関係があることが伝わってきました。性能の良いリハビリ機器は、医療サイドと患者さんの信頼関係があって初めて生かされると、改めて感じさせられたインタビューでした。
「LICトレーナーをひとつ欲しい」というリクエストに応えられるように、今後も機器の改良や環境整備など、さまざまな面から取り組んでまいりたいと思います。