積極的に情報を集めることでLICトレーナーにも辿りついた斉藤さんでしたが、その一方でLICトレーナーに対する認識が医療従事者の間でなかなか広まらない現状を憂慮されています。地方在住者にも有益な情報が行き渡るために、医療従事者や国・行政に望むこととは?インタビュー後編では、ご家族としての切実な思いを語っていただきます。
医療従事者としてできること
――肺の柔軟性を確保するうえで効果が見込めるLICトレーナーですが、神経内科のドクターやリハビリスタッフにあまり知られていない現状があります。
斉藤: 発売日から日も浅かったこともあってか、主人の主治医も在宅医も、訪問リハビリのスタッフも訪問看護師も知人の理学療法士も、LICトレーナーの存在を知りませんでした。患者さんにとっても、価値のある医療機器ですから、最低限、神経難病の先生は知ってほしいし、使ってみたらと勧める先生も増えてほしいというのが正直な気持ちです。今、理学療法を学んでいる学生さんたちも、ぜひ知ってもらいたいです。
患者さんや家族は少しでも進行を遅らせることに必死で情報を集めます。けれど、生活が忙しかったりすると、情報収集する時間が取れなかったりして、「肺の柔軟性が大切なんだな」ということにもなかなか気づけません。そんなときもっと早く呼吸リハビリをしておけば、とあとから聞かされることも多いと聞きます。ドクターやリハビリスタッフ、看護師がこの情報を提供できれば、あとで悔しい思いをせずに済むのではないかと思います。
――まずはLICトレーナーのことを現場の先生たちが知ることが大切ですよね。そのために、医療機関や医療従事者ができることはありますか?
斉藤:おかげさまで我が家の周りのスタッフはみんな理解し実施してくれているのですが、1人でも多くの患者さんがあのとき知っておけばとならないように、知り合いの医療従事者にはこんな凄いのが今はあるんだよ!と日々勧めています。医療従事者同士の横のつながりを利用して、医師、理学療法士、看護師の耳にも届くようにすれば、より広がって患者さんが試す機会も増えると思います。
実際に使った患者さんによる口コミがあれば、もっと良いですよね。知識や選択肢が多い分、できることも増えますし、少しでもその選択肢を患者さんに広げていくことも私たちの務めなんじゃないかと。私は機会があればLICトレーナーの良いところを広めていく“草の根運動”を展開しているところです。
ALS患者の家族として、望むこと
――国や行政に対しては、どんな支援を望まれますか?
斉藤:まず、望みたいのは地域格差を無くすこと、私は地方(茨城県)に住んでいます。情報量が圧倒的に少ない。本人、家族はわらをもつかむ思いです。どんな小さな情報でも全国どこにいても、ネットが使えても使えなくても同じ情報が共有できるようにしてほしいと思います。そして、金銭のことや、レスパイト入院についても問い合わせるとすぐに「都内ではそうかもしれませんが、茨城ではできません」と返ってきます。同じ病気にかかれば同じだけの待遇を保証してほしいし、国は県に任せるだけでなく、率先して改善に動いて欲しい。レスパイト入院も平等に受け入れてくれるように保証してもらいたいと思います。
地方は介護事業所数も少なく、夜間入ってくれることころはほとんどありません。またALSと聞いただけで受け付けてくれない事業所もたくさんあります。家族の負担も大きいですし、またそれを見ている本人はもっとつらいです。ALSはなりたくてなった病気ではありませんし、 完治する方法も確立されていません。こうした現状を国や行政はしっかり受け止めてほしいですね。
――LICトレーナーの知名度や利用率も、カフアシストなどのように医療保険の対象となればだいぶ変わってくると思われますが。
斉藤:LICトレーナーは、患者さんにとってもプラスとなる医療機器ですので、助成があっても良いと思います。難病を患ったことで起こる患者さんの経済的問題は想像以上に大きいですし。私にとって、LICトレーナーは何か自分が欲しいものを我慢してでも買いたい、主人に使わせたいと思わせるものでしたが、みんながみんなそうできる訳ではありませんから。国や県などの自治体の支援があれば、ひとりでも多くの患者さんの手に届きやすくなると思います。
――最近では、ALS患者さんに対する一般や民間からの支援も広がっています。
斉藤:数年前に流行した、アイスバケツチャレンジのようにみんながALSに興味を持ってくれることが大切ですね。あのチャレンジのおかげでALSの研究も進んでいます。実際に、あのイベントをきっかけに治験の研究に助成が出たくらいです。
とにかく、ALSという病気に対し、ひとりでも多くの方が他人事ではなく、関心を持ってほしい。ひとり一人の動きが集まって、治療法の確立につながれば良いですね。
――一般の人にはALSという難病について触れる機会がなかなかなく、その結果として理解も進まない現状があります。
斉藤:ALS患者さんって、呼吸器付けているから大変そうに見えるけど、筋肉を動かす機能以外はどこも悪くないんです。頭もはっきりしていますし、私たちが話すこともきちんと理解しています。ごく普通に扱ってくれる態度も大切だと思うんです。私の主人の友達なんかは、しょっちゅう家に遊びに来たり、飲みに誘ったり、とても普通に接してくれています。“俺たちができることはやってやるから”とまで言ってくれる。今まで通り普通に接してくれてとてもありがたいです。
ALSと闘う夫を支える
――身近な存在の家族として、心がけていることは何ですか?
斉藤:主人は、どう考えているかわかりませんが、私は主人にとって1番近い存在です。主人は気管切開をして私達と生きて行くことを選んでくれました。その主人のために少しでも、小さな情報でも得て主人の選択肢を増やして、「1番いい選択だった、あの時この方法を選んでよかったね!」と言えるように日々努力したいと思っています。
――気管切開して人工呼吸器を付けるかどうかは、早めに決めておく必要があるといわれます。
斉藤:人工呼吸器を付けない選択をされる患者さんもいます。人工呼吸器を付ければ長く生きられますが、苦しい思いもします。苦しくなって外したくなったとしても、外せません。実際に、本人の意思も確認せず付けてしまって、あとからそのことで責める患者さんもいます。そんな現場を私は何度も見てきました。だから事前に話し合っておかないと、と思い、主人に「どうする?」と聞いたんです。主人は、「そんなこと急に言われても」と困ってしまいましたが。
私としては、本人が付けたいと言えば、その気持ちを尊重し、そこからは全力で支える覚悟でした。反対の決断をしても、生きていけるところまで全力で楽しむ、という覚悟で。
いろいろなことが起きても、一緒に生きていきたい気持ちは変わらない、という話をしたら、「生きていく、闘う」と答えてくれました。ALSとともに歩むじゃなく、治す日が来るまで闘うと。だから、私は全力で支えていくつもりです。
最後に実際にLICトレーナーを用いて呼吸リハビリを実施している様子を紹介します。
こちらの動画以外にもカーターテクノロジーズのYoutubeカーターチャンネルにも複数のLICに関する動画を紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
「ポジティブに見られるけど、実はネガティブなんです」という斉藤さん。訪問看護師として働くかたわら、肺の柔軟性の大切さやLICトレーナーの効能など、ALS患者さんにとって有益な情報を精力的に発信してくれています。先々を見越して早め早めにリハビリを導入していくスタンスは、「ALSを治す」という前向きな姿勢があるからこそ。いろいろ話をお聞きしてそう強く感じました。
ALSの治療方法は確立されていませんが、五年後、十年後は分かりません。将来治す日が来ることを想定して、斉藤さんとご主人はリハビリを頑張っています。「孫の顔を見る日が来るかもしれない」(斉藤さん)未来になることを願うばかりです。