日本呼吸管理学会・日本呼吸器学会が発表したステートメントによると、呼吸リハビリテーションの定義は、「呼吸器の病気によって生じた障害を持つ患者に対して、可能な限り機能を回復・維持させ、これにより患者自身が自立できるように継続的に支援していくための医療」です。今回は、呼吸リハビリテーションが何を目指して、それによって患者さんの生活をどうプラスに転じさせるか、呼吸リハビリの基本的な考え方についてご説明します。

呼吸を支える器官

まずは、私たちがどのように呼吸をしているのか、そのメカニズムの簡潔な説明から入りたいと思います。

口や鼻、喉、気道、気管支、横隔膜…。これらは、私たちが息を吸って、吐いたりするうえでなくてはならない器官です。つまり、空気を取り入れて体内に送り込み(口、鼻、気道)、酸素から二酸化炭素に変換して体外に排出(肺)、筋肉を持たない肺に代わって周囲の器官(胸郭、横隔膜、肋間筋)が連動して呼吸運動をサポートする。これら呼吸器系統がそれぞれの役割を果たすことで呼気・吸気の運動が完結できる仕組みです。

胸郭

肋骨、胸骨、胸椎、肋軟骨の4つの骨から構成される、いわば肺の保護的役割を持つ器官です。肺は酸素を二酸化炭素に変換する動きの中で、拡張と収縮を繰り返しますが、それを妨げることなく上下運動して助ける機能が胸郭にあります。

横隔膜

呼吸にもっとも重要な役割を持つ呼吸筋が横隔膜です。心臓と肝臓の間に位置し、吸気で収縮し、呼気とともに弛緩して元の状態に戻ります。筋肉の働きを必要とせず、無意識で呼吸することを安静呼吸といいますが、この呼吸は横隔膜によるピストン運動が70%を占めるといわれます。

肋間筋

内肋間筋と外肋間筋の2つがあります。とくに重要なのは外肋間筋で、横隔膜とともに胸郭の前後拡張を助け、安静呼吸を支えます。内肋間筋は深呼吸や激しい運動による呼吸のとき、収縮する動きを見せます。

呼吸障害の紹介

呼吸障害は、気道や気管支、肺などに何らかのトラブルを抱え、正常な呼吸ができなくなる状態。呼吸障害を抱える代表的な症状・疾患には以下のようなものが挙げられます。

肺気腫

酸素と二酸化酸素の交換を行う肺胞の壁が壊れ、呼吸困難を引き起こす病気です。60歳以上の男性によく見られる症状で、タバコの吸いすぎなどが主な原因といわれます。最近では、ほかの呼吸器系疾患と合わせ、「慢性閉塞性肺疾患」(COPD)という総称で呼ばれることがあります。

気管支ぜんそく

空気の通り道である気管支が狭くなって起こるぜんそくです。ぜんそくを発症する原因はさまざまですが、アレルギー反応による気道の炎症で気道狭窄が起こると、ぜんそく発作が起きやすいといわれます。

気管支拡張症

肺の中で枝分かれ状態にある気管支の先が、太くなって気管支の壁を壊し、感染症などを引き起こす病気です。気管支が拡張した結果、痰がたまりやすくなり、痰を排出する機能も低下。呼吸困難などの障害も起きやすくなります。

神経難病患者の呼吸障害

ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経筋難病患者は、肺機能に問題なくても、呼吸器系統の筋肉が衰えることで正常な呼吸ができなくなり、呼吸障害を抱えやすくなります。ALS患者の主な死因は呼吸不全というデータが示す通り、この病における呼吸器障害の症状はきわめて深刻です。神経難病患者に対しては、酸素吸入マスクを取り付ける非侵襲的人工呼吸器、気道を切開して空気を直接送り込む侵襲的人工呼吸器を使った呼吸ケアが今のところメインの処置となります。

呼吸リハビリの目的と効果

呼吸リハビリテーションの目的の大きな2本柱は、「呼吸困難感の軽減」と「体力・機能の回復と強化」です。それを実現するために、以下の取り組みが重要です。

・胸郭及び呼吸関連筋肉のコンプライアンス(柔軟性)を高める

・呼吸筋肉の向上

・下半身トレーニング

・排痰の方法を覚え、痰による呼吸困難を予防する

・有酸素運動を実施する

また、呼吸トレーニングのメニューをこなすうえで念頭に置くべきことは

・医療チーム(医師、看護師、理学療法士、作業療法士、介護士、ケースワーカーなど)と患者、家族が連携して継続的に行う

・呼吸障害を全身的な機能障害と位置づけ、全人的な治療として実施する

・効果と問題点を個別的かつ継続的に評価しながら実施する

・QOLの向上を重視し、可能な限りの自立を目指す

呼吸リハビリテーションで、失われた呼吸器官の機能や能力を完全に取り戻すことはできませんが、少なくとも、呼吸困難によって生じる精神的負担や身体的な苦痛を軽減することにつながります。また、体力がアップすれば息切れも起こしにくくなり、呼吸も楽になるでしょう。効率的な呼吸法や動作法を取り入れることで、ADL(日常生活動作)の改善とQOLの向上にも期待が持てます。

一般的な呼吸リハビリの方法

多くの施設や医療現場では、呼吸筋を鍛え、息切れしない体力作りに主眼を置いたリハビリが行われています。そのアプローチ法はさまざまですが、大きく分けると「呼吸法」「排痰法」「運動療法」の3種類です。

腹式呼吸

腹式呼吸は別名「横隔膜呼吸」と呼ばれるくらい、横隔膜に重点を置いた呼吸法です。横隔膜を使用した呼吸法を身に付けることで、効率よく呼吸でき、体の負担も軽くしてくれます。腹筋の力を使うことを意識して行い、慣れるに従って徐々に負荷を加えていく流れが一般的です。次に紹介する口すぼめ呼吸と併用して行うことで、呼吸筋を強くする効果が増します。

口すぼめ呼吸

口をすぼめて息を吐く呼吸法です。息を吸うときは鼻を使います。鼻には空気のほこりを除去する働きがあり、新鮮な空気を取り入れやすくするうえで効果的です。注意点は、強く吹かないこと。ロウソクの火をゆらすくらいのイメージで、やさしく吐きます。吸気と呼気の比率は1:3~5くらいで、呼気に重点を置いて呼吸します。

排痰の練習

病気などで排痰機能が低下し、気道や肺に痰がたまってしまうと感染症や炎症、息切れや呼吸困難の誘因となります。排痰でよく使われるのが、「ハフィング」と呼ばれる手法で、声を出さず、「ハッ!ハッ!」と強く息を吐くと同時に痰を出します。排痰をスムーズに行うことで、気道を確保し、息切れの軽減や感染予防につなげます。

筋力トレーニング

呼吸障害になると、活動力も低下し、筋肉を使う機会もめっきり減ります。筋肉が衰えると体力も落ち、少し動いただけで息切れなどを起こしやすくなりますので、適度なトレーニングを実践して筋肉を強化することが大切です。その中でも重要視されているのが下肢強化につながる歩行で、国内外の医療機関の実証結果で高いエビデンスが報告されています。

どの方法を用いるかは総合的に判断

代表的なリハビリ方法をご紹介しましたが、どの方法を実施するかは、患者さんの症状や経過を見て、医療チームが総合的に判断します。
腹式呼吸なども、症状や病気の種類によっては避けた方がいいケースもありますので、医療チームと患者・家族との間でしっかり情報共有してリハビリ計画を進めていく必要があります。