前回、前々回と呼吸リハビリを必要とする呼吸障害の実例をご紹介してきました。
今回は、その中でももっとも深刻な症状を抱える神経難病の種類と症状をお伝えするとともに、一例としてALS(筋萎縮性側索硬化症)の呼吸障害の特徴とこれまで試みられてきた呼吸療法の種類、さらにその課題や問題点についてご説明します。

神経難病患者の呼吸障害

神経難病とは、神経に重度の障害を抱える病気の中で、はっきりした原因が特定できず、治療法もないものをいいます。代表的な症例を以下にご紹介します。

脊髄性萎縮症(SMA)

SMAとは筋萎縮症のひとつで、脊髄の運動神経の病変によって起こる疾患です。四肢を中心に筋肉の脱力と劣化が見られ、その症状はやがて呼吸筋肉へと派生します。症状が末期段階まで進行すれば、支えなしで座ることもできず、嚥下困難や呼吸不全を引き起こします。SMAの中でも重症型に分類されるSMAⅠ型は人工呼吸器なしでは2歳までに死亡するといわれ、人工呼吸器を使って気道を確保し、生命維持を図ります。

筋ジストロフィー

筋ジストロフィーとは、骨格筋が壊死と再生を繰り返すうちに、回復不能なまで筋肉が衰えてしまう病気です。筋ジストロフィーにはさまざまな病型がありますが、「遺伝子変異による筋肉異常→筋繊維が変性・壊死→筋力の低下」というメカニズムは一致しています。骨格筋の異常は運動機能の低下にとどまらず、呼吸機能や心肺機能にも大きなダメージを与えます。呼吸不全や心不全、不整脈、誤嚥、骨粗しょう症なども引き起こし、人工呼吸器による呼吸管理なしでは生存が厳しい疾患です。

ミオパチー

ミオパチーとは、筋力低下によってさまざまな症状を引き起こす疾患で、生まれながら筋肉組織に異常があるケースは「先天性ミオパチー」に分類されます。生後まもなく、筋力の脆弱性が見られ、歩行困難などの運動発達の遅れが見られます。大人になってから急に筋肉の異常を覚え発症する成人型ミオパチーもあり、症状の悪化に伴い、呼吸不全や気管支系障害、心疾患を引き起こす可能性が非常に高いです。この疾患もまた、人工呼吸器などで呼吸機能を安全に管理する必要があります。

ポリオ後症候群

ポリオ後症候群とは、幼少期にポリオ(小児麻痺)にかかったことのある人が、大人になって突然、筋肉の萎縮やひどい疲労感、痛みなどの症状を抱える疾患です。呼吸筋の機能も衰え、呼吸リハビリテーションによって呼吸筋の改善を図る必要があります。

ALSによる呼吸器障害


ALSとは、体中の筋肉が低下して最終的にその機能がほとんど失われてしまう疾患です。運動機能だけでなく、口やのど、舌の筋肉もどんどん衰え、呼吸不全などを引き起こし、それが原因で死亡するケースも少なくありません。ALSの症状で筋肉そのものが破壊されるわけでなく、「筋肉を動かせ」という脳からの命令を伝える運動ニューロンに異常が発生して筋肉機能が奪われるメカニズムです。

上部気道の筋肉異常

ALSになると舌や唇、咽頭などの筋肉が機能不全となり、誤嚥などを引き起こします。その結果、困難となるのが食事からの栄養摂取。栄養失調による体重減少と全身衰弱はかなり深刻です。さらに舌の働きが悪くなれば、唾液分泌のコントロールも難しくなり、唾液が障害物となって引き起こされる呼吸困難や窒息などのリスクも抱えます。

呼気筋肉の異常

ALS患者は横隔膜がしっかり働かないことから、咳や排痰にも困難を伴います。また、呼気に関係する筋肉の低下で胸郭内の空気を吐き出せないことも、呼吸障害の重大な原因のひとつです。

吸気筋肉の異常

ALSではかなりの確率で横隔膜や肋間筋など、吸気に必要な筋肉の働きが阻害されます。吸気系統の筋力低下による呼吸困難感はかなり深刻です。呼吸困難感の悪化は不安や不眠などの副次的な症状とも強い相関性が指摘され、肺のコンプライアンスを正常に保つ措置が必要です。

これまでALS患者に試みられた呼吸療法


ALSによる呼吸障害に対し、これまで主に試みられてきた呼吸管理の方法を以下にご紹介します。

非侵襲的人工呼吸器(NPPV)


NPPVとは、気管切開をせず、吸入マスクのみで一定量の酸素を起こり込み、呼吸機能を補助する人工呼吸器です。マスクを通って気道内に入ってきた高い圧(陽圧)が、肺へと伝わって肺胞を押し広げてくれる仕組みです。それによってスムーズな換気を促し、呼吸負担感を軽減させてくれます。

侵襲的人工呼吸器(TPPV)


侵襲的人工呼吸器(TPPV)とは、頚部の全面を切開し、気管から通したチューブを使って呼吸補助を行う仕組みです。NPPVより体への負担が大きく、発声や会話も困難となるデメリットも。また、痰の吸引や気管切開部の衛生管理も非常に重要です。ALS患者の中でも、呼吸機能の低下が著しく、NPPVでの人工呼吸に限界を感じ、そのうえTPPVによる呼吸補助を希望する方に適用される呼吸療法です。

最大強制吸気量(MIC)


MICとは、外部から陽圧を加えることで肺胞の拡張を促し、肺のコンプライアンスを保つことを目的に行われる呼吸トレーニング法です。深呼吸の練習にも役立ち、気道確保の障害となる痰の排出にも一定の効果が期待されます。

機械的排痰機器(MI-E)

MI-Eとは、機器の力で気道に陽圧をかけ、排痰を促す機械装置のことで、気管切開チューブに接続して行います。吸気時に陽圧を、呼気時に陰圧をかけることで気道分泌物を除去し、チューブ内まで痰を引き上げることが可能となる仕組みです。

これまでの呼吸療法の課題とは?

これまで有効とされた呼吸障害を抱えるALS患者さんへの呼吸療法にも、いくつかの課題や欠点がありました。先の説明した人工呼吸器やMIC、MI-Eなどの方法ではその効果を十分引き出すのが難しく、そうなると胸郭も拡張できず、肺へ送り込む空気量も不足となってしまうのです。

また、症状や条件に合わずその方法を活用できない難点もあります。MICでは息止めする能力が不可欠であり、肺が陽圧になれていなければ安心してケアすることもできません。また、気管挿管や気管切開をした患者に対しては適用されないという問題点もあります。

人工呼吸器のみで換気を行う場合、深呼吸するのが難しく、胸郭を十分に押し広げることはできません。また、気管チューブなどの衛生管理を怠れば細菌の侵入を許し、肺炎や感染症などを引き起こす怖れもあります。人工呼吸器を取り付けることで生活上にさまざまな制約もかかるため、なるべく人工呼吸器に頼らない呼吸ケアを望む、という患者さんが多いのも事実です。そのような現状を打開するためにも、患者さんにとってやさしく、肺のコンプライアンス効果を高めるためのアプローチが求められます。